EUとインドが「世紀の取引」を結ぶ

14.03.2025

欧州委員会のウルスラ・フォン・デア・ライエン委員長は、2月28日にニューデリーを訪れ、EUとインドの間で画期的な自由貿易協定が2025年末までに締結される可能性があることを明らかにしました。彼女は、「今回の訪問は新たな時代の幕開けを象徴するものです。今こそ、EUとインドの戦略的パートナーシップを次の段階へと発展させる時です。これは、私たちの安全と繁栄、そして世界的な課題に共に取り組むための重要な一歩となるでしょう」と、力強く語りました。

さらに、フォン・デア・ライエン委員長は、EUがインドとの「安全保障・防衛パートナーシップ」の可能性を積極的に検討していることも明らかにしました。これは、日本や韓国と結んでいる協定と同様の枠組みとなることが想定されています。

EUとインドの関係は長い歴史を持っています。インドは1962年、欧州経済共同体(EEC)との外交関係を樹立した最初の国のひとつでした。その後、1994年のEU・インド協力協定を経て、両者は多層的な協力体制を構築し、2004年には「戦略的パートナーシップ」へと関係が格上げされました。

このパートナーシップの深化を目指し、2007年には包括的な二国間貿易・投資協定の交渉が始まりました。しかし、15回に及ぶ協議の末、2013年には交渉が停滞し、先行きが不透明な状況となりました。

しかし2021年5月8日、EUとインドの首脳は再び対話の場に戻り、「バランスの取れた、野心的で包括的かつ互恵的な」貿易協定の交渉を再開することで合意しました。加えて、投資保護協定および地理的表示に関する協定についても、個別に協議を進めることが決まりました。さらに2022年4月には、「EU・インド貿易技術理事会」の設立が決定され、両国間の経済関係は新たな段階へと移行しつつあります。

EUの公式発表によれば、EUはインドにとって最大の貿易相手国であり、2023年にはインドの貿易総額の12.2%にあたる1,240億ユーロ相当の物品貿易が行われました。一方、インドはEUにとって第9位の貿易相手国となり、2023年のEUの総貿易額の2.2%を占めています。

特にサービス貿易の成長は著しく、2020年には304億ユーロだった取引額が、2023年には597億ユーロへと倍増しました。こうした堅実な貿易の発展の背景には、長年にわたる交渉の積み重ねと、両国が経済的な結びつきを強化しようとする強い意志があるといえます。

フォン・デア・ライエン委員長が述べた「新たな時代の幕開け」という言葉の通り、EUとインドの関係は、まさに次のステージへと進もうとしています。しかし、過去に交渉が停滞した経緯を考えると、これからの進展には慎重な対応と粘り強い努力が求められることでしょう。今後の協議の行方がどのような未来を形作るのか、世界がその推移を注視しています。

* 貿易交渉の目的は以下の通りである:

・ 貿易の障壁を撤廃し、特に中小企業を中心としたEU企業の輸出拡大を支援する。

・サービス市場および公共調達市場を開放し、企業の参入機会を広げる。

・地理的表示の保護を確実にし、特定地域の特産品のブランド価値を守る。

・貿易と持続可能な開発に関する野心的な公約を推進し、環境や社会的責任を考慮した経済成長を目指す。

・合意されたルールに強制力を持たせ、その実施を確実なものとする。

投資保護交渉は、双方の投資家にとって予測可能で安全な投資環境を確立することを目的としています。

本来この交渉は2024年に完了する予定でした。進行は予想よりも長引き、インドとEUの最新の交渉は2024年11月に行われ、通信技術(ICT)製品の関税について議論されました。計画では両者は2025年2月10日までに自らのビジョンを提示することになっていましたので、どうやらデータ交換は円滑に進み、EU側は「早ければ今年中にも合意に至る可能性がある」と発表しました。

この合意に向けた動きは技術的な細部や、各国の利益の保護だけではなく、現在の地政学的な状況によっても大きく後押しされ、ブリュッセルにとってはもはや後戻りできないほどの圧力がかかっています。アメリカの新政権はEUの保護主義的政策に対抗するため、4月からEU製品に対して25%の関税を課すと明言しました。一方、EU内部では、中国がレアアースや通信機器の分野で欧州市場への影響力を強めていることに対する懸念が高まっています。そのため、EUはインドと中国の歴史的な対立を巧みに利用しようとしています。欧州委員会のトップが防衛協力について言及したのも、まさにこの背景に基づくものでしょう。インドは現在、武器供給の多様化を図り、自国の軍産複合体を発展させようとしており、EUの提案はニューデリーにとって有益な選択肢となるかもしれません。

さらにインドはこれまでに、米国と先端技術や科学分野で多くの協定を締結しており、ナレンドラ・モディ首相とドナルド・トランプ前大統領との個人的な関係も非常に良好でした。そして、ホワイトハウスからのEUへの批判や現在の対立を考えれば、インドは非常に有利な立場にあるといえます。加えてインドはロシアとの経済協力を続けており、それが自国経済の発展を後押ししています。EUがインドとの自由貿易協定を結ぼうとしている背景には、こうした要因があるのかもしれません。これまでロシア産の石油製品の一部は第三国を経由してEUに供給されていましたが、新たな協定の下では、インドがこの分野でより広範な取引を展開する可能性が高まります。石油製品はインドがEUに供給する主要な輸出品の一つであり、さらに重要なのは米国もEUもインドに対する制裁を科す可能性が極めて低いことです。過去の制裁免除措置が、その事実を裏付けています。

インドからEUに輸出される製品には、既製服、鉄鋼、電気機械、医薬品などが含まれます。加えて、通信、ビジネス、輸送といったサービス分野の輸出も、協定締結後には大幅に増加する可能性があります。

一方EUにとっても、この合意には大きな利点があり、航空機やその部品、電気機器、化学製品、ダイヤモンドなどの輸入が増加することで、EU市場の供給網が強化されます。また、知的財産権サービス、電気通信、ITサービスといった分野でも、貿易拡大の恩恵を受けるでしょう。

また現在EUには250万人以上のインド人が居住しており、この数は今後さらに増加すると見込まれています。彼らはEU市場でインド企業の参入を後押しする存在となるでしょう。実際、インドにとっては欧州市場の消費者がすでに身近に存在しており、これがさらなる経済的な橋渡しの役割を果たすことになります。

最新のデータによれば、EUは自動車や農産品を含む輸出品の95%以上の関税撤廃を求めています。一方、インドはEUに対して約90%の市場開放を望んでいますが、特に大型農産品の関税引き下げには慎重な姿勢を崩していません。

また、双方の貿易ルートについても、新たな展開が見込まれています。EUは現在、中東回廊を活用した物流ルートを重視しています。スエズ運河を通る伝統的なルートに加え、トルコ、イラク、イランを経由する代替ルートも選択肢に含まれています。将来的には、制裁が解除された後のロシア経由のルートも考慮される可能性があります。さらに、インド国内にあるロシアとインドの合弁企業の製品をEU市場に供給することも視野に入れられています。こうした選択肢は、今後の貿易の柔軟性を高める重要な要素となるでしょう。

 

翻訳:林田一博

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Leonid SAVIN  (レオニード・サヴィン)

地政学アナリスト、『Geopolitica.ru』編集長、『Journal of Eurasian Affairs』創刊者兼編集長、国際ユーラシア運動事務局長。