「暗黒の啓蒙」 より深層にある国家
ドナルド・トランプがどのようにしてアメリカで権力を握り、何十年も続いたリベラル・グローバリズムの路線に対して真の革命を開始することができたのかを分析すると、多くの重大な疑問が浮かび上がります。特にディープ・ステート(深層国家)の要素を考慮すると、なおさらです。結局トランプ派はこのディープ・ステートに対して本格的な戦争を宣言し、それを実行に移しすでにいくつかの重要な成果を上げています。その象徴的な例の一つが、USAIDの閉鎖です。
トランプ派は「ディープ・ステート」を、明確な概念として捉えています。それは、リベラル・民主主義的イデオロギー(左派およびネオコンの両方)を持つ支配エリート層であり、アメリカ政府に深く根を張り、金融、軍事、ハイテク寡頭制の支援を受け、さらに諜報機関にもそのネットワークを張り巡らせています。このエリート層は、アメリカおよび西側諸国全体の運命を、グローバリズムと一極主義、そして「ウォーク(woke)イデオロギー」の拡散に結びつけてきました。このイデオロギーには、逸脱行為の合法化、大量移民の奨励による民族の強制的混合、そして主権国家の弱体化が含まれています。
対照的にトランプは、「MAGA(Make America Great Again)」イデオロギーを掲げて、まったく異なる価値観を提唱しました。それは伝統的価値観、明確な性別区分(男性と女性のみの存在)、大量移民(特に不法移民)からの国民の保護、主権の強化と国民国家の維持、そして多極化した世界の承認(トランプの解釈では「大国秩序」)といった原則に基づくものです。
このパラダイムシフトが国際政治に及ぼす影響を考えると、単なる政策変更ではなく、イデオロギー的、さらには地政学的な大変革が起こっていることがわかります。アメリカ国内外の政治構造において、敵と味方の関係が根本的に再編され、勢力の配置が大きく変化しています。トランプはすでに選挙戦の段階でこれを明確に打ち出しており、これは「プロジェクト2025」とも整合する内容でした(トランプは公式にはこのプロジェクトを放棄しましたが、その理念は急速に現実化しています)。就任後に彼はすぐこの計画の実行に着手し、JD・ヴァンス、イーロン・マスク、ピート・ヘグセス、トゥルシー・ギャバード、カシュ・パテル、ロバート・ケネディ・ジュニア、パメラ・ボンディ、キャロライン・リーヴィットらを要職に任命し、彼らに広範な権限を与えました。そして、3月3日の米議会上下両院での演説において、トランプはこの計画を正式な政策としてまとめ上げ、保守革命のロードマップを提示しました。
つまり、ディープ・ステートに対して、殲滅戦が宣言されたのです。
トランプはこの勢力の根絶を、明確に打ち出しました。
しかし私は以前の著作で、トランプ革命の現象を分析する中、ある仮説を提示しました。それはトランプがこれほど急進的な変革を成し遂げ、そもそも当選し、就任までこぎつけることができたのは、ディープ・ステートの中でも"非常に強力な勢力の支援があったからではないか"というものです。なぜなら何十年にもわたり、グローバリストたちはアメリカおよび世界の政治、経済、メディア、外交、文化、芸術をほぼ完全に支配してきました。トランプのような大胆な変革が、いかに大衆の支持を得ていたとしても、深いレベルでの決定的な支援がなければ成功は難しかったはずです。
ここで一つのパラドックスが生じます。ディープ・ステートが、なぜ自らの破滅にゴーサインを出すことがあり得るのでしょうか?もしディープ・ステート内部に分裂があり、一方の派閥がトランプを支持しもう一方が従来の立場を維持しているのであれば、この矛盾は解消されます。私は以前の分析でこの可能性を示唆しました。しかしもしそうであれば、トランプ政権はディープ・ステートの排除を公言せずに水面下での調整を行い、ディープ・ステートの一部を改編しながら機能を維持するはずです。
ところが実際にはその逆のことが起こりました。トランプ派およびMAGA運動は、ディープ・ステートの単なる再編ではなく、完全な破壊を目指し続けています。
このパラドックスを説明するためには、別の視点が必要です。単なる大衆の支持によって、トランプがディープ・ステートとの戦いを遂行できるほどの権限を得たと考えるのは、やや楽観的に過ぎるでしょう。しかしディープ・ステートが、自らの解体を決断したと仮定するのも非現実的です。
そこで我々の仮説は、「ディープ・ステート」は一つではなく、実は「二つ」あるというものです。つまり通常の「ディープ・ステート(Deep State)」のほかに、「さらに深層の国家(Deeper State)」が存在するのではないか、という考え方です。一般に「ディープ・ステート」と呼ばれるものは、リベラル・グローバリストの国際ネットワークであり、トランプ派はこれを「リベラル・インターナショナル」として定義しています。そしてこの勢力はトランプの支配を許容せず、最後まで彼と戦いました。もしこの勢力が存在しなかったとしても、トランプ派はそれを作り出さなければならなかったでしょう。というのもラストベルト地域や、アメリカ中西部の労働者層の支持だけでは、これほどの大変革を実現するには不十分だったからです。
では「さらに深層の国家(Deeper State)」とは何なのでしょうか?これを理解するためには、トランプの第45代大統領時代(トランプ1.0)と第47代大統領時代(トランプ2.0)を比較する必要があります。当時もトランプはアメリカの一般層から強い支持を得ており、保守派や古典的保守主義者が彼を支持していました。しかし政権内の主要ポストは、依然としてグローバリストのネオコン派や、今日のトランプ派が「RINO(名ばかりの共和党員)」と揶揄するような人物たちによって占められていました。また当時のイデオロギーは、断片的な陰謀論の寄せ集めのようなものであり、時には洞察に富んでいましたが、多くは荒唐無稽なものでした。これが「QAnon」運動として表面化し、トランプの支持者たちの間で広まりました。
当時のトランプは、カリスマ的なポピュリストとして成功を収めましたが、彼の政治運動には明確なイデオロギーが欠けていました。しかしトランプ2.0では、その欠落が修正され、より体系的な政治戦略が形成されつつあるのです。
しかし、2期目にはこのイデオロギーが明確に形成されたのです。
その核は依然としてポピュリズムとリバタリアニズムに根ざしていました。
政府の縮小、社会保障の削減、ジェンダー政策やリベラルな検閲の撤廃、不法移民との闘いなど、以前から存在していた要素もありました。この路線を最も一貫して代表していたのは、トランプ政権の第1期に国家安全保障顧問を務めたスティーブ・バノンでした。しかし現在では、この保守的でポピュリスト的、かつナショナリスティックな見解がより明確に体系化され、それが「プロジェクト2025」という文書に反映されています。しかし、このような政策は、ディープ・ステート(深層国家)、ましてやさらに深層にある勢力の本当の立場を反映しているとは考えにくいものです。それは単に、過去のアメリカの価値観や政策を再構築したものであり、リベラル・グローバリズムのイデオロギーに匹敵する、真のオルタナティブな未来構想とは言えません。
アメリカのディープ・ステートは、ある時点までは、民主党政権と共和党政権の交代を、同じシステムの異なる表れにすぎないとみなしていました。
真に深層にある国家勢力が、より「進歩的」で先鋭的なイデオロギーを放棄し、単に過去のアメリカの時代やその優先事項を支持することは考えにくいものです。したがって、さらに深層にある勢力の痕跡を探るには、別の視点が必要となります。
ここで、これまでのトランプ主義には見られなかった新たな要素が浮上します。
2024年の選挙では、シリコンバレーの主要人物、すなわちオリガルヒやテクノクラートがトランプを支持しました。彼らは従来、民主党と深く結びついていました。このグループは「時間の加速」という概念に強い関心を持ち、それが「加速主義(アクセラレーショニズム)」という特別な用語と哲学を生み出しました。加速主義の支持者は、存在とは時間の中に集約されるものであり、時間の流れを加速し、技術進歩を推し進め、とりわけソーシャルネットワークや人工知能の発展を促進することで、人類は質的に新たな段階へ移行できると考えています。実際、これは「ポストヒューマン」あるいは「超人間」への飛躍を意味しています。
しかし、ある時点でシリコンバレーの加速主義者たちは、左派急進主義者(left acc)と右派急進主義者(right acc)に分裂しました。
左派は、技術の進歩が左派リベラルのアジェンダと密接に結びつくと考え、保守主義やポピュリズムを強く拒絶し、一方右派は、技術進歩と急進主義は社会に君臨するイデオロギーには依存しないと主張しました。さらに急進的な主張として、リベラル・イデオロギーが、その固定観念、ジェンダー政策、Woke文化、DEI(ダイバーシティ、公平性、包括性)、キャンセルカルチャー、検閲、国境の廃止、無制限の移民などを通じて、発展を妨げていると見なしたのです。この考え方を理論的に支えたのが、カーティス・ヤーヴィンとニック・ランドであり、彼らは「暗黒啓蒙(ダーク・エンライトメント)」という理論を提唱しました。これによると、未来へ進むためには、人道主義や従来の啓蒙主義的な価値観を捨て、むしろ伝統的な制度――君主制、階級社会、カースト、閉鎖的な社会システム――へ回帰する方が、技術革新にとってはるかに有益であるとされています。
この理論は特定のオリガルヒたちによって、積極的に支持されました。その中心人物がピーター・ティールとイーロン・マスクです。
ティールは、PayPalやPalantirなどの企業を創業した人物であり、シリコンバレーにおける強大な影響力を持っています。テクノロジー企業は監視システム、ネットワーク、電子諜報の重要な技術を掌握することで、アメリカのエスタブリッシュメントの中枢へと食い込んでいきました。彼らはまた、イーロン・マスクの宇宙開発プロジェクトに象徴されるように、技術革新の分野でも大きな成功を収めてきました。こうしてシリコンバレーでは、「ティール主義(Thielism)」と呼ばれる独自の思想潮流が生まれました。右派加速主義者たちは、強大なオリガルヒの結束した集団として、ある時点で「暗黒啓蒙」の概念をアメリカの政治へと導入するに至ったのです。
私の仮説はこの影の勢力こそが、さらに深層にある国家(Deeper State)の基盤を形成しているというものです。
彼らは単なる右派保守主義者ではなく、リベラル・グローバリズムのイデオロギーに対する根本的な対抗勢力であり、さらに彼らの理論によれば、技術の飛躍的発展と新たな社会秩序の確立は、比較的閉鎖的な社会政治的・文化的システム、つまり新たな形態の封建制・君主制を再生産することでのみ可能となるのです。
ティールは早い段階でトランプと接触し、彼の家族やJD・ヴァンスを筆頭とする新世代の共和党政治家とともに、内密なグループを形成しました。
Palantirの技術は、CIAをはじめとするアメリカの諜報機関にとって不可欠なものとなり、その中で「暗黒啓蒙」の支持者が徐々に増えていきました。そして、この勢力はポピュリズムとナショナリズムを、あくまで大衆を惹きつけるための戦略的な装いとして意図的に選択していたのです。その背後にあるのは、より深遠で、時に不吉なほど野心的なビジョンでした。
選挙の核心は必要不可欠でしたが、それだけでは勝利を収めることはできず、そこで「右翼急進主義者たち」はソーシャルネットワークを活用することに決め、その結果としてイーロン・マスクはTwitter(x.com)を買収し、マスクは「テクノ右派」として知られるようになったのです。トランプ主義の第二の極を象徴する存在となり、ポピュリストが「伝統的右派」として認識されるようになりました。
テクノ右派の積極的な参加と、ソーシャルネットワークやその他のハイテクツールを通じて若者をトランプ支持に引き寄せたことが、トランプの勝利を確実にした要因であると言えます。
このような環境の中で「プロジェクト2025」が策定されました。そして彼らが選んだ人物や候補者は、新政権において重要な地位を占めることになりました。
バンスとマスクは広く注目されていますが、これは氷山の一角にすぎません。このグループの多くの人物が、政権内のさまざまなレベルで重要な役割を果たしています。
特に「プロジェクト2025」を公表したラッセル・ヴォートは、予算管理省の長官に就任しました。
右翼急進主義はリベラルでグローバリストの、ディープ・ステートを解体する道を歩んできましたが、これは普通の保守的有権者によってではなく、システム内への浸透を通じて実現されたものです。
トランプの第一期から始まり、彼の新たな挑戦の過程で目に見えない形で多大な努力が行われ、その成果は選挙時に初めて明らかとなりました。
トランプは伝統的な右派(スティーブ・バノンやジャック・ポソビエックなど)がポピュリズムを推進する役割を担い、テクノ右派(ピーター・ティール、イーロン・マスク、ヴィヴェック・ラマスワミ、マーク・アンドリーセン、デヴィッド・サックスなど)がアメリカのハイテク部門を巻き込むという、強力で体系的なイデオロギーを持つ人物であることが分かりました。
「右翼急進主義者たち」は暗号通貨や火星への有人飛行を推進し、さらにはグリーンランドを最も大胆で過激な実験のための広大な実験室にしようとしています。
テクノ右派はポピュリズムの海の中では少数派でありながら、従来のディープ・ステートと呼ばれる勢力の代弁者として機能しています。
このイデオロギーは純粋な技術を優先し、AGI(人工汎用知能)、強力なAI、そしてシンギュラリティといった次のレベルへの人類の移行を加速させようとするものです。
イーロン・マスクは最近、Xアカウントで「我々はシンギュラリティの事象の地平線に立っている」と書いています。
そしてこの移行を妨げているのは、テクノクラートの目には愚かに映る"リベラル・イデオロギー"であり、アメリカではそのイデオロギーがディープ・ステートとともに解体されつつあるのです。
もしこの構図が正しいのであれば、多くのことが明確になります。
まず第一にどの勢力がトランプを勝たせる決断を下したのか、その目的が何であったのかが明らかになります(2020年のアメリカ選挙や現代ヨーロッパの選挙例を見れば、どのようにしてトランプを勝たせないかは分かります)。
次になぜディープ・ステートの抵抗が、比較的容易に崩壊したのか。その理由はこのディープ・ステートの一部、特にハイテク部門や特定のセクターが「暗黒啓蒙」の精神に基づいてイデオロギー的に改革されたからです。
そしてなぜトランプがこれほどまでに断固たる行動を取るのか。それは単に彼の気質によるものではなく、時間を加速させるためのグローバルな計画に基づいています。
これはもはやポピュリズムではなく、哲学であり、戦略であり、形而上学にまで及ぶものと言えるのです。
翻訳:林田一博