「トランプ主義の思想的設計者:スティーブ・バノン」

25.02.2025

スティーブン・ケビン・バノンは、現代アメリカ政治において最も物議を醸し、強い影響力を持つ人物の一人です。元銀行家であり、映画プロデューサーでもあり、かつては「ブライトバート・ニュース」の編集長を務めていました。そして何より、ドナルド・トランプの初の大統領選挙における戦略家として、その勝利に大きく貢献した立役者でもあります。彼は「アメリカを再び偉大にする(MAGA)」運動の思想的支柱であり、その設計者でもあります。彼の理念は経済ナショナリズム、反グローバリズム、ポピュリズムを基盤としたトランプ主義という新たな政治哲学を生み出す礎となったのです。

バノンは1953年11月27日、ヴァージニア州ノーフォークでアイルランド系カトリックの家庭に生まれました。若き日には米海軍の将校として勤務し、その後ゴールドマン・サックスで投資銀行家としてのキャリアを積み、また、ハリウッドで映画製作に携わってメディア業界へと進出するという彼の人生は、まるでアメリカン・ドリームそのものでしたが、その名が世間に広く知られるようになったのは、「ブライトバート・ニュース」のエグゼクティブ・チェアマンとしての活躍によるものでした。

「ブライトバート・ニュース・ネットワーク」は、ジャーナリストであり起業家でもあったアンドリュー・ブライトバートによって2007年に設立されました。しかし2012年、ブライトバートの死後、その舵を握ったのはバノンでした。彼はこのメディアをリベラル・グローバリズムに対抗する保守思想の発信拠点へと変貌させたのです。バノンの徹底した編集方針のもと、「ブライトバート」はリベラルエリートへの批判を強め、反グローバリズムの立場を鮮明にしていきました。そして2016年の大統領選において、MAGA運動を支持する強力なプラットフォームとしての地位を確立しました。「ブライトバート」は「忘れられたアメリカ人」や「アメリカのハートランド」に住む人々の声を代弁し、保守層の圧倒的な支持を集めました。

2016年8月、バノンはポール・マナフォートに代わり、ドナルド・トランプの選挙戦を指揮する立場に就きました。彼の戦略的手腕はスウィング・ステート(接戦州)における選挙戦の流れを変え、トランプの勝利を確実なものとしました。トランプの就任後、彼はホワイトハウスの首席戦略官に任命され、国家安全保障会議にも参加し、その影響力をさらに拡大しました。しかし、2017年8月、政権内の対立やシャーロッツビルでの抗議デモの影響を受け、彼はホワイトハウスを去ることになりました。トランプ自身は、バノンが国家安全保障会議の会議に哲学書を持ち込むことが多かったとして、冗談交じりに彼の辞任を説明しました。

バノンの思想の根底にはいくつかの重要な理念があり、その第一の要素が「伝統主義」です。彼は現代の西洋文明が衰退し、伝統的価値観や神聖な制度が失われつつあると考えていました。これはルネ・ゲノンやユリウス・エヴォラといった思想家の影響を受けた哲学的潮流であり、彼の政治思想の大きな柱をなしています。バノンに関する研究を行ったベンジャミン・テイテルバウムは、著書『永遠をかけた戦い』の中で、バノンがブラジルの哲学者オラヴォ・デ・カルヴァーリョらと共に、伝統主義の思想を政治戦略に組み込んだと指摘しています。テイテルバウムによれば、バノンはハーバード大学在学中にこの思想を学び、その後「ブライトバート」の運営を通じてその理念を実践していきました。

バノンは歴史を循環的なものと捉え、現在の「暗黒時代」を乗り越え、「再生」と「黄金時代」へと導くべきだと考えています。彼は、ストロス=ハウ理論を取り入れ、アメリカの歴史における「第4の転換期(Fourth Turning)」が現在進行中であり、これを経て「新たなサイクル」が始まると主張しました。彼は、古典的な伝統主義の大きな歴史観と、アメリカ社会のサイクル論を結びつけ、独自の世界観を形成していきました。

もう一つのバノンの核心的な理念は「経済ナショナリズム」です。彼は、自由貿易や海外からの安価な労働力がアメリカの中産階級を破壊していると考え、その是正を求めました。彼の主張は、国内産業を保護するための強固な貿易政策、移民制限、そしてグローバリズムの抑制を中心に展開されました。テイテルバウムは、バノンが伝統主義の思想を反グローバリズムの正当化に利用していると分析しています。バノンは、普遍主義やリベラリズムを批判し、各国が独自の文化的アイデンティティを維持することが重要であると主張しています。彼は、「神なきコスモポリタニズム」に反対し、主権国家の独立こそが、世界秩序の安定につながると信じています。

バノンの影響は今もなお、アメリカ政治に色濃く残っています。彼が築いたMAGA運動の基盤は、単なる一時的な政治キャンペーンにとどまらず、アメリカの保守派に根強く浸透しています。バノンはトランプ政権を去った後も、その思想を広め続け、反グローバリズムの旗を掲げる運動を主導しています。彼の政治哲学は、単なる保守主義を超え、アメリカと世界の未来を見据えた一つの戦略的思想として確立されつつあります。

スティーブ・バノンの政治的信念は、トランプの政策と密接に結びついています。メキシコとの国境に壁を築き、イスラム教徒の入国を禁止する——こうした施策は、彼の思想の延長線上にありました。彼は自身の番組『Warroom(ウォールーム)』で、正教会のイコンを背景に語りながら、アメリカとロシアをグローバルエリートとの戦いにおける潜在的な同盟国と見なしています。

バノンにとって、グローバリズムは「人為的に作られたもの」であり、それを押し戻すことは可能であり、むしろ必要なことでした。彼は特に、多国籍企業、なかでもファーウェイのような中国企業がアメリカの利益を犠牲にしながら世界経済を支配しようとしていると批判しました。彼の目には、グローバリストとは共通の倒錯した思想と利害で結ばれた閉鎖的な国際クラブであり、それは「世界政府」の原型にほかなりません。この考え方は、キリスト教的には「反キリストの王国」とされ、伝統主義の視点では「対抗的イニシエーション」、すなわち意図的に悪魔的な教義を掲げる「世界エリートの結社」と解釈されています。

バノンは、トランプやその他の伝統主義者とともに、自らをワシントンのディープ・ステートやリベラル・エリートに対抗する「保守革命」の旗手と考えています。彼のレトリックは、「忘れられたアメリカ人」、つまり労働者や地方の住民へ向けられました。彼は、一般のアメリカ人に対して政府文書の機密解除を訴え、政府上層部の腐敗と戦うことで、国民の国家への信頼を回復することができると信じていました。

バノンの実践的なアイデアの一つに、官僚機構の解体があります。彼は官僚制度を国民を抑圧する道具とみなし、その存在自体を否定しました。ベンジャミン・テイテルバウムは、2017年の保守政治行動会議におけるバノンのスピーチを引用し、彼が「行政国家の解体」を約束したことを指摘しています。この考え方は、近代的な制度を軽視する伝統主義の視点に基づき、「本来あるべき」実力主義的でカリスマ的な指導者による統治を求めるものです。

また、バノンは「アメリカの伝統的価値観」を守ることを主張し、多文化主義に対して強く反対しました。彼はカトリックの信仰を持ちつつ、ヒンドゥー教などの東洋の宗教にも関心を寄せていました。この点は、一般的なアメリカの保守派とは一線を画す特徴でした。彼は自らを「文明の衝突」の当事者と位置づけ、グローバリズムのリベラリズムに対抗し、「ユダヤ・キリスト教的な西洋」の防衛者であると考えました。同時に、彼はイスラム教や共産主義中国とも対峙する立場をとっていました。

こうした思想はすべて、バノンが構築を支援したMAGA運動に反映されていました。彼は当初から、トランプを「体制の枠を超えて」急進的な変革を実行できる人物と見ていました。彼にとって、トランプはポリティカル・コレクトネスや体制側との妥協にとらわれないリーダーだったのです。

トランプの成功におけるバノンの役割は、過小評価できません。2016年、彼はトランプの支持率が低迷していた時期に選挙戦を引き継ぎました。彼は攻撃的なレトリックを駆使し、移民問題や経済問題に焦点を当て、ソーシャルメディアを駆使して支持者を動員しました。ホワイトハウスを去った後、彼は『ブライトバート』に戻り、MAGAのアジェンダを推進し続けました。

2024年、バノンは刑務所から出所しました。彼が服役していたのは、「国会議事堂襲撃事件に関する議会侮辱罪」という、彼の支持者から見れば不当な理由によるものでした。4カ月の服役を終えた彼は、ただちにトランプの二期目を支持する活動に加わりました。彼はアメリカと世界を根本から変革する計画の立案者の一人となりました。

トランプの勝利後、バノンは「伝統主義右派(trad right)」の中心的存在となりました。彼は共和党の主流派である古典的な体制保守やネオコンとは一線を画し、「国家ポピュリスト」としての立場を公然と宣言しました。バノンの影響力は、MAGA運動のもう一方の潮流である「テクノロジー右派(tech right)」、つまりシリコンバレーのテック企業を支持する層と対立する形で顕在化しました。この対立の象徴的な出来事が、イーロン・マスクとの衝突でした。

マスクは、高度専門職の外国人労働者に対するH-1Bビザの導入を強く支持していました。しかし、バノンはこれを公然と批判し、まずアメリカ国民が優先されるべきだと主張しました。バノンはマスクを「テクノ封建主義者」と呼び、国益を個人的利益にすり替えようとしていると糾弾しました。さらに、彼はマスクの目的はアメリカのためではなく、個人の富の追求にあると非難し、「MAGAは兆万長者のためのものではない」と強調しました。そして、ホワイトハウス内でのマスクの影響力を制限することを公約しました。

当初、マスクはバノンの批判に強く反発しました。しかし、MAGAの支持層からのバノン支持の声が高まると、態度を急変させ、他の議題へと軸足を移しました。この論争は、バノン率いる「伝統主義右派」の立場を支持する形で決着しました。

2024年末、バノンは『デイリー・テレグラフ』のジャーナリスト、スティーブン・エジントンとの1時間にわたるインタビューに応じました。このインタビューは、彼の出所後に最も話題となった発言の一つとなり、YouTubeで公開されたことで、MAGA支持者とその批判者の双方の注目を集めました。その中で彼は、アメリカの未来に対する自身のビジョン、トランプの二期目における政策、そして世界の政治情勢について語りました。

スティーブ・バノンは、トランプが2期目に「野獣を解き放つ」つもりであり、それは政敵やディープ・ステートに対する断固たる行動を意味すると語りました。そして、2024年のトランプの勝利は「リベラルエリートの決定的な敗北」であると強調しました。

彼はまた、トランプを「21世紀のアンドリュー・ジャクソン」になぞらえました。ジャクソンは19世紀にアメリカを抜本的に改革した大統領であり、バノンはトランプに同様の歴史的役割を期待しています。今後の4年間は「浄化の時代」となり、古い体制が解体され、ナショナリズムとポピュリズムに基づく新たな構造が築かれると述べました。

バノンがインタビューで語った重要な構想の一つは、FBIやCIAといった情報機関の機密文書を公開することです。彼は、この「浄化」によってアメリカ国民が「エリートたちの裏切り」を知ることができ、トランプ政権への信頼が高まると考えています。

さらに、バノンは一貫して反グローバリズムの立場を貫き、今回のインタビューでは中国を「アメリカの主権に対する最大の脅威」と位置づけました。彼は、関税の引き上げや規制強化を通じた中国経済への圧力を強めるよう主張し、北京との経済戦争を求めました。

また、バノンはヨーロッパに「保守的な国際連帯」を築く計画についても言及しました。彼はイタリアのジョルジャ・メローニ、ハンガリーのヴィクトール・オルバンといった指導者をMAGAの同盟国として支援し、さらにドイツの「ドイツのための選択肢」、フランスのマリーヌ・ルペン、オランダのゲルト・ウィルダース、イギリスのナイジェル・ファラージ、ルーマニアのカリン・ゲオルゲスクらの政治家も支持していると述べました。この立場は、イーロン・マスク、副大統領のJ.D.バンス、そしてトランプ自身からも全面的な支持を受け、彼らは就任直後からヨーロッパの右派ポピュリストを積極的に支援する動きを見せました。しかし、バノンこそが当初から一貫してこの方針を推進しており、現在ではこれがアメリカの対ヨーロッパ政策の主流となっています。

スティーブン・エジントンとのインタビューでは、バノンは「プロジェクト2025」にも言及しました。この文書は、トランプ政権が発足した後に実施されるべき一連の急進的な改革について記したもので、その内容にはUSAID(米国国際開発庁)や全米民主主義基金(National Endowment for Democracy)の廃止、CIAや国防総省、司法省、FRB、財務省、文部省、厚生省、社会保障省の監査、民主党指導部に対する刑事訴追、さらにはジェフリー・エプスタインの島での小児性愛者の乱交パーティー参加者リストの公開までが含まれていました。当時、トランプ自身はこの文書を「でっち上げ」だと否定しましたが、就任後はこの計画に沿って動き始め、ラッセル・ヴォートが新政権の中枢に据えられました。

バノンは、この文書の存在が世に出たのは、アメリカ国民の反応を探るためだった可能性が高いと指摘しました。実際、彼自身もピーター・ティールら他の主要なトランプ派とともに、この計画の立案に関与していた可能性があると見られています。

スティーブ・バノンは依然としてアメリカ政治の中心的存在であり、その思想と行動はMAGA運動の方向性を決定づけています。彼のトランプ支持は単なる戦略的提携ではなく、グローバリズムの支配から解放されたアメリカという共通のビジョンに基づく深いイデオロギー的な結びつきです。スティーブン・エジントンとのインタビューは、バノンが決して後退するつもりがないことを明確に示しました。彼は新時代の設計者として、自らの信念のために戦う覚悟を持ち続けています。

トランプ主義の最高思想家であり、アメリカの「黄金時代」の預言者とも言えるバノンは、かつてローマ帝国の黎明期にアウグストゥスを称えた詩人ウェルギリウスのような役割を果たそうとしています。そして、そのアウグストゥスを演じるのは、まさにドナルド・トランプ自身にほかなりません。

翻訳:林田一博